老人に助けられる妊婦

タイの生活にすっかり慣れました。目に入る光景の「これが普通」が段々タイ化してきている気がする。今回は観光客目線で、10ヶ月ぶりの日本を楽しもうと思っていたら、帰国初日に両国の違いを見せ付けられる事件が。

妊娠中+1歳児連れの1人旅だったので、ANAにエアポートサポートサービスを利用しました。バンコク・スワンナプームで社会的弱者をサポートするために登場したのは、推定22歳・初々しい男性。「空港で働き始めたばかり、まだ飛行機は乗ったことないんだ。興味ある国はサッカー大国ブラジルかな!」…と勝手に顔つきから想像アテレコ。娘を抱き上げる時の手つきが、猫を抱き上げる時のそれになっていて(肩から下全部ぶら~ん)微笑ましくも、終始丁寧で頼もしい対応。大量の荷物や娘を心置きなく全持ちしてもらう。

一方わが母国・成田にて。機内から出た途端に待っていてくれたのは、推定69歳・初老の男性。勘違いした1歳の娘が早くも「じじ!」と呼びかける。「ご両親はお孫さんと離れて暮らすの淋しいでしょうね~うちの孫は乗り物大好きで飛行機にも興味津々で!」…これアテレコじゃなくて本当にご本人が言ってました。

終始丁寧な対応。なんだけど、自分が働き盛りの30代という自覚があるせいか、儒教思想根付く日本で「お年寄りには優しく」と小さい頃しつこく教えられたせいか、30kg級のスーツケースを引っ張り出してカートに乗せてもらったり、わたしがイミグレ通り終わった瞬間に、1秒も待たせまいと職員専用出口から小走りでこちらに向かって来てくださる、自らの職業への高い使命感など見るにつけ、どうも申し訳ない気持ちに。。大量の荷物+10kgの娘を全持ちさせるのが忍びなく、1番重い手荷物はそっと自分の肩にかけてみたり。ずしっ。

老人が妊婦の大荷物を持つ姿。この図式、タイ人に見られたらわたしが虐待してると思われかねない。そう思って、改めて日本の労働人口の年齢の高さに気付く帰国初日。

元気な高齢者が幸せに暮らす社会に!じゃなくて元気な高齢者が全員労働者として同年代の年金を稼ぎ出す社会に!…とかどう?

空港職員の方には恐縮しつつ、空港まで迎えに来てくれた自分の父親(推定じゃなく67歳)に重いスーツケースを全部持ってもらうことには良心の呵責を覚えないんわたし。要は【顧客として高齢者から”サービス”を受ける】という図式にまだ自分が慣れていないってことなんだな!!と理解。

小さい頃の印象、高齢者=老人=家で盆栽しているか農業している。労働するにしてもたばこ屋の受付か、アパートの家賃で不労収入。そんなイメージからまだ抜け出せない!だって、お年寄りを手伝うことはあってもお年寄りにサービスしてもらうことって、今までそんなにありました?普段目にしやすいサービス産業に老人が従事するということは、将来コンビニやスタバの店員も老人に?

そして老人の定義ですが、昔はおじいちゃん(孫がいる年齢の人)=老人、だと思っていたが、現在は高齢者=老人、ではないことだけは確か。見た目も若いし動けるし、何よりマインドも若い。社会の仕事の隅々にまで若者が配置されず、おじいちゃんおばあちゃんの社会進出も進むこと。それが高齢化社会なのか?

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