タイで過ごしていて、日々感謝、日本の食べ物、プロダクトがわんさか

 

日本人は日本にいて、通常すごしている場合には気づかない非常に特殊な食生活、文化を持った民族です。そのため異国に行った場合、特に住んだ場合、そのギャップに悩まされることになります。

 

そんな中、親日国においては、日本人を基本的に受け入れてくれること、プロダクト、文化含め好意的に受け入れてくれるため過ごしやすいのが1点と、ビジネスを行ううえでも日本企業が当たり前に有利です。そのような視点が今後の世界展開を検討するうえで必要では?と思います、ここタイで。意外と知られていない親日国も多い、実体験できていない国もありますが覚えておくといいかも。タイ以外で記載、ほかにたくさんあるかもしれませんが、調べた一例を挙げます。(当たり前にたくさんあるならうれしい限りですね!誇らしいです)

 

前もちょっと参照しましたが、平野未来さんの日本文化圏という言葉を再度参照

なぜタイリリースをすることを決められたのですか?

日本や他の国に比べて、マーケティングコストが安いことが理由ですね。もちろんベトナムのように人件費がより安い国はありますが、日本文化が比較的浸透しているタイは、日本テイストのサービスが成功しやすいと思いました。アジアの中でも様々な文化圏があり、タイや台湾、日本などの「日本文化圏」、韓国やベトナムなどの「韓国文化圏」、中国や香港、マカオ、シンガポールなどの「中国文化圏」、マレーシア、インドネシアなどの「マレー文化圏」に分けられると思います。その中で「日本文化圏」内の国の方が、プロダクトのデザインやコンセプト設計において、日本人の感覚を持つ私たちからするとやりやすい。また、タイ人は日本人より「新しいもの好き」で、新しい物は何でも試してみるという姿勢を持っている人が多く、比較的サービスが流行りやすいとも思いました。 アセナビ

では親日国簡単な調べ

親日国が多い理由

・世界中に資金提供・技術提供し、国際貢献している。
・にもかかわらず、内政干渉をしない。
・第二次世界大戦以来、一度も戦争をしていない。
・すぐれた製品を作る。
・観光者が世界を訪れ多くのお金を使い、マナーもよい。
・白人による支配を止め、有色人種に希望を与えた国としての評価。

パラオ国旗の由来

「青い海に、黄色の満月」という「月の丸」
公募された国旗案70点の中から、この国旗が満場一致で選ばれたという。

「太陽」を象徴する日本の国旗に遠慮したパラオは、「満月」をモチーフとし、さらに、中心を少しずらすことで、日本に敬意を表したという話もある。

ドイツが第一次世界大戦で敗れると、パラオは「日本」の統治領となる。日本は現地の人に対し熱心に教育を行い、住環境整備とともに多数の学校や病院を建設した。日本の行った一連の施策は、パラオに「未曾有の経済発展」をもたらし、人口も2万人から5万人へと激増した。

パラオはその歴史上幾多の外国支配を受けてきたが、現在のパラオ人は口をそろえて「日本の統治時代が一番良かった」と述懐するという。

トルコ

出典dachsjp.com

「エルトゥールル号遭難事件」

1890年、演習を兼ねて日本を訪れていたオスマン帝国(一部の地域が現在のトルコ)の戦艦エルトゥールル号が、和歌山県沖で遭難。日本は遭難者の救助に当たり、生き残った乗組員たちを日本海軍の戦艦で母国に送り届けました。この出来事がきっかけで、トルコと日本に友好的な関係が生まれたといわれています。

また、イラン・イラク戦争時、脱出困難に陥った在イラン邦人を「エルトゥールル号の遭難の際の恩返しをする」として救出してくれたのがトルコでした。その後、日本政府は救出に当たったトルコ人客室乗務員などに勲章を授与しています。

日本の統治は台湾にとって経済効果もあり、中国統治時代に比べ、生活の質が格段に上がりました。

中国と仲が悪い事もあり、国として目指しているものの一つに日本があり、若者も日本の文化に興味がある人が多いです。

台湾は歴史的には日本統治時代を50年経験してて、第二次世界大戦後に統治が終わると中国国内の国共内戦で敗戦を重ねた蒋介石が率いる国民党が大陸から逃げ込んできます。(その人たちを外省人と呼びます。)
しかし、その統治が過酷で、日本統治の方が良かったという元来の台湾人(内省人)の気持ちが現在の親日感情の元になっています。

日本人にとって、「インド独立の父」というとマハトマ・ガンジーのことだけを思いますが、多くのインド人はもう一人挙ます。

チャンドラ・ボーズです。彼の肖像画は、インドの国会議事堂にマハトマ・ガンジーの肖像画とともに飾ってあるくらいです。

マハトマ・ガンジーが非暴力であったのに対し、チャンドラ・ボーズは日本陸軍の藤原岩市少佐のF機関により編成されたインド国民軍を改編し、インド駐留英国軍と戦った人です。インドの歴史教育を終えた人で、彼の功績を知らない人はいないでしょう。また、彼を助けたのが日本人であったことも同様です。

「先の戦争で、貴国にご迷惑をかけました。」と日本の国会議員がいうと、インドの方は意味が判らないそうです。逆に、「日本国には我が国の独立に多大な犠牲をはらってもらい感謝致します。」とインドの方が言うと、それはインパールやビルマで英国軍と戦った勇敢な日本軍のことを指しているのです。いわば、日本とインドは英国の植民地政策に抵抗し、アジアを開放するために戦った戦友なのです。

モンゴルも親日国家です。近年では、元横綱の朝青龍や現横綱の白鵬、日馬富士などのモンゴル出身の力士が活躍していることも影響していますが、モンゴルが共産主義からの脱却の際に日本が援助を行ったことが親日の要因です。また、その後の日本からのODAで発展を遂げたこと、ニュースなどで日本から援助を受けたことを大きく報道していることも影響しているそうです。

ポーランドも日本に友好的な感情を持つ国です。第一次世界大戦後、ロシアに残留したポーランド人の孤児たちを日本赤十字社が救済したことがその理由です。ロシアと戦争をしていたポーランドは孤児を助けることができず、日本の外務省に救済を依頼。その後、日本の帝国陸軍の支援で、孤児たちは日本経由でポーランドに帰されました。

南米アルゼンチンも親日国として知られています。その理由は、明治時代にアルゼンチンへと渡った日本人たちが、非常にまじめに働き、地域の発展に貢献したこと。これがアルゼンチンの親日感情につながっているといわれています。また、戦争中、海軍同士の交流も盛んに行われたことも理由の一つなのだとか。南米では、ブラジルも明治時代の日本人移民の活躍の影響で、日本人に対して友好的なのだそうです。

マケドニア

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1963年にマケドニアの首都で起きた大地震の復興を支えたのが、故・丹下健三氏を中心とする日本チームです。学校で習うこともあり、親日家となったマケドニア人が多い。

ブラジル

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明治時代に移民として両国に渡った日本人が献身的に働き、発展に貢献したため対日感情が良好だと言われています。

フィンランド

 

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フィンランドとスウェーデンの間で起こったオーランド諸島についての領有権争いを日本人の新渡戸稲造が解決したため、親日だと言われています。

パキスタン

 

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1950年代、パキスタンは特産の綿花を日本に輸出していて、当時の日本の主力産業であった紡績業に大きく貢献していました。日本のビジネスマンもパキスタンを頻繁に訪れ、パキスタンの発展に大きく貢献したため、親日国となっています。

インドネシア

 

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インドネシア独立戦争の際に、元日本軍の3000名が共に戦ったため多くの国民が親日です。スカルノ元大統領がデヴィ夫人を迎え入れたのも、日本への憧れがあったからと言われています。

 

どれも先人たちの行いあってのものばかりです。これからもずっと親日でいてくれるよう、国同士協力していきたいですね。

 

参照HP

http://matome.naver.jp/odai/2136085278019553701

http://www.huffingtonpost.jp/tabipponet/projapanese-countries_b_8382328.html

 

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