コロナ後の世界について日本においてのビジネスについては様々な視点から語られています。私が目にしたのは、ものからことへ、とか物質から経験へというものです。

それについてはまだ需要が発生してくる又は現状の需要からシフトするのかもしれませんが、すでにもので充足されている現在、精神的に満たすという方向性にシフトする前に単純に使わないで不安をしのぐということも十分に考えられます。物質が満たされた先進国の場合。

対して未発展の国、ここでは私がいるタイを考えてみますが、どうでしょう?ものからことへ!という流れは世界的潮流であると日本の人は考えていると思いますがそれは’国次第’、発展具合によると個人的には思います。

なにがいいたいかとというと、モノがまだ満たされていない国は依然として消費意欲、購買意欲があるということ。こと不景気、お金が少なくなるという要因はあるにしても満たされていないなら欲しいと思うのです。

インフラも同様です。これは個人レベルの欲しい、欲しくないという話ではなく、ないならインフラ作りたいし、作るということです。

すなわち、コロナ後の世界についての一つの仮説として

先進国・・ものからコトへ動く。ただ、ものがすでに満たされている場合は経済不安からコトや経験に動かないで緊縮財政をしく。結果としてそこになにかコトだったとしても売るのは非常に困難で疲弊する。ましてやものなんて・・

未発展の国・・まずはものというフェーズ。欲しいものがあるので、まずはそれを満たしたいと思う。コト?それはものが満たされてからの話。暮らしをよくするとかではなく、そもそも足りないものを社会的にも個人的にも欲する。結論として売ることはできる

そんなことを考えました。日本にいるときは思いませんでしたが、タイのホテルに隔離されているとなんとなく思いました。

海外進出、悲観的だな、日本でいまは集中すべきだなどの考えも日本では感じましたが、ものを売る会社、サービスも基礎レベル、インフラレベルのものを売る会社は日本国内ではもはや立ち行かず、海外に対して向き合わなければいけないのでは?そんな感覚がしました

データに裏付けられていません、感覚です。そんなタイの夜

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